護憲や反戦・平和の場に参加する人たちが、入管法改悪反対やパレスチナ連帯、天皇制の問題、ジェンダー不平等、セクシュアルマイノリティの権利擁護、部落差別、アイヌ・琉球民族・日系人・在日コリアン・在日中国系住民・外国籍住民への差別を含む、さまざまなイシューにも関心を広げてくれたら嬉しいです。平和が、日本社会のマジョリティの安心だけで終わらないものになってほしい。もちろん、いきなりすべてのイシューにコミットすることは不可能ですし、個々人のペースでやらなければ燃え尽きてしまいます。身近なつながりのなかで支え合い、ケアしあうことも大事です。わたし自身も学びの途上です。
ただし、関心を広げるとは、非当事者がその問題について代弁することではないと思います。当事者のいない場で非当事者がその問題を語ると、誤った情報やずれた語りがマイクロアグレッションになりうるという指摘があります。関心を広げるとは、当事者が語っている場に足を運び、声を聴き、その人たちとともに語ることだと、わたしは考えています。
護憲や反戦・平和を訴えるデモは、どうしても日本人だけを前提にした場にみえることがあります。例えば、主催する側が外国籍住民と日頃から交流があり、一緒にやっていこうという形だといいのですが。そうでないと、意図せずとも、マイノリティを動員しているように映りかねません。また、マイノリティがマジョリティ側の人が多くいる場に来ること自体が負担になることもあります。慎重さは必要です。主催者は、マイノリティも安心して参加できる場を作ることに努める必要があります。
一方で、わたしが参加してきたパレスチナ連帯デモには、さまざまな出身・ルーツを持つ人々が集まっています。年金基金のイスラエルへの投資や防衛省のドローン調達といった日本の政策も抗議の対象になっており、日本の問題と無関係な運動ではありません。護憲や反戦・平和の場に多様な人々が集まりにくいのは、それが『日本国民の問題』として枠づけられていることとも関係していて、この社会に暮らす外国籍住民をその場から遠ざけているのではないでしょうか。
そしてそれと少し近い感覚で、イスラエル国内の兵役拒否や反戦にも、わたしは留保をつけたくなります。それがパレスチナ人の自己決定権や帰還権に触れず、さまざまな形のジェノサイドを止め、占領・封鎖・アパルトヘイトをはじめとする入植者植民地主義を終わらせるところまで踏み込まないのであれば。