「エール」の構造——山田和樹氏の神戸室内管弦楽団をめぐるインタビューについて

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この山田和樹氏の神戸室内管弦楽団をめぐるインタビューは、読みながらかなりうーんとなりました。

山田氏がCBSOでの危機対応を語ること自体はよいとしても、山田氏自身がこの記事で語っているように、CBSOには王室のパトロネージュ、アーツカウンシルからの約3割の助成、企業・個人スポンサーが4〜5割という多層的な資金基盤があり、市の助成は就任時点ですでに5%でした。報道によると、収入の7割を市の補助金に依存し、民間支援が0%の神戸室内とは前提がまったく異なります。そうした構造的差異があるにもかかわらず、神戸室内とCBSOを同列に扱っているように読める点がまず粗いです。
その上で、「今回のピンチを絶対にチャンスに変えてほしい」「とりあえず、走る。走りながら考える」「どんなに大変な時でも、音楽をやる人は、絶対に目を輝かせて舞台に立たなきゃならないのです」と現場に求める語りは、マチズモ的精神論に見えます。さらに、危機を乗り切れた側の経験を一般化する生存者バイアスと、行政責任を現場の適応努力へと置き換える新自由主義的自己責任論にも接続しているように見えます。

朝日新聞が、その問題性に十分な距離を取らないまま、著名指揮者の言葉を「エール」として流通させてしまうのはどうなのでしょうか。

補助金打ち切りは本来、行政と文化政策の問題のはずです。山田氏の「行政からの支援が増えていくことは望めない」という認識は、現状ではそうなる確率が高いかもしれません。しかし、その語りは、現状を変えるための政治的努力よりも、自助努力による適応を促してしまわないでしょうか。そもそも神戸室内は神戸市が1981年に設立し(当時の名称は「神戸市室内合奏団」)、新ホール計画でも同楽団をレジデントとして位置づけてきました(「新・神戸文化ホール整備基本計画」)。都市政策の一部として利用してきた側の責任こそ、まず問われるべきではないでしょうか。

出典
・朝日新聞 2026年3月26日
「『これからがスタート』補助金打ち切りの楽団に山田和樹さんがエール」
https://digital.asahi.com/articles/ASV3V107FV3VUCVL007M.html

・神戸新聞 社説 2026年3月22日
「<社説>楽団への補助/廃止提案を議論の契機に」
https://www.kobe-np.co.jp/opinion/202603/0020151853.shtml

・神戸市
「新・神戸文化ホール整備基本計画~輝ける神戸の未来に向けた『新たな価値を創り出す芸術文化創造拠点』~」(令和2年3月策定、令和3年8月改定、令和6年12月増補)
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/2466/seibikihonkeikaku.pdf