Eva-Maria Houben作曲、ホルンとピアノのための作品収録CD発売記念コンサート_プログラム

日時:2024年4月29日(月) 19時半開場 20時開演
場所:Ftarri水道橋店

曲目
a dark place (2022) for duo
der wandler (2013) for horn in F
further in summer than the birds III (2021) for duo

by a departing light IV (2022) for duo
spring doesn’t care (2023) for piano
by a departing light VIII (2022) for duo

*全て、エヴァ=マリア・ホーベン作曲作品

出演
近藤 圭(ホルン)
黒田 崇宏(ピアノ)

企画・構成
黒田 崇宏

デュオ duoというものについて

 フェデリコ・モンポウの「魂の歌」では、声とピアノが同時に演奏されることはありません。ユルク・フレイの「空間と時間の本[1]」では、2人の演奏者が55分間、それぞれ独自の世界―独自の空間と時間の中にいます。同じくフレイの2挺のヴァイオリンのための「無題」では、同じ音高を、異なるハーモニクス奏法で、或いは同じ奏法(その中には同じ結果を引き出すことが不可能な奏法もあります)で、同時に演奏します。ベートーヴェンの10番目のヴァイオリン・ソナタの第2楽章では、再現部でヴァイオリンとピアノの役割が交代されます。
 上記の曲例はエヴァ=マリア・ホーベンの著書『Musical Practice as a Form of Life』の中の、デュオについて論考する章で紹介されていたもので、また彼女は同章で以下のように記しています。

「芸術はどのようにして愛と出会うのでしょうか? 愛と芸術の共通点は何ですか?
 アントワン・ボイガーによれば、愛というものの主題は別離です。 愛は、愛する人から一人の人間を永遠に引き離すことによって、一人の人間を二人の人間に変えます。二人だけでいることは、一緒にいることであり、同時に離れていることを意味します。
 このアイデアを音楽の実践に転写してみると、デュオについて特別な見方ができるかもしれません。 デュオの演奏中に二元性が生じることがあります。 デュオでは、両方の演奏者が「どこにいるの?」と尋ねます。 そして双方が「私はここにいます」と答えます。 この答えでは、両者とも「私たちは一つではない」と感じます。 私たちは二元性の中で一緒にいます。 同じ場所にいないからこそ、私たちは一緒にいるのです。(後略)」(筆者による翻訳)

 今回取り上げるデュオのための作品(楽器やその組み合わせは自由です)はホーベンが作曲したそれの中の一部ですが、彼女のデュオに関する研究や考究の一端が見えるはずです。また、ソロの作品を2つ挟み込んでいますが、この公演では演奏者の出はけが無いので、ソロ作品を演奏中は二人の演奏者が同じ舞台上・空間に存在しつつも、片方しか演奏していないことになります。こうした見せ方や在り方が、上述のデュオというものについての見方を補う働きをすることを期待しています。

(文責 黒田)

参考文献
Houben, Eva-Maria. Musical Practice as a Form of Life. Translated by Eva-Maria Houben, Evan Soni and Jennie Gottschalk. Bielefeld: transcript, 2019.

参考音源
Mompou, Federico. [Mac McClure]. (2021, January 1). Mompou Cantar del Alma performed by Marisa Martins and Mac McClure [Video]. YouTube. https://youtu.be/8HO0illtPvU?feature=shared

Frey, Jürg. Buch der R​ä​ume und Zeiten. Irritable Hedgehog, 2017. https://irritablehedgehog.bandcamp.com/album/buch-der-r-ume-und-zeiten?search_item_id=3581088232&search_item_type=a&search_match_part=%3F&search_page_id=3369931389&search_page_no=1&search_rank=1&search_sig=d15b4ed7202ba633cb10eeb6c87e62b2

Frey, Jürg. [String Noise]. Ohne Titel (2 Violinen). https://soundcloud.com/string-noise/ohne-titel-2-violinen?utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing

Beethoven, Ludwig van. [Glenn Gould]. (2018, May, 4). Glenn Gould & Yehudi Menuhin – Beethoven, Sonata No. 10 in G major op. 96 – Part 1 (OFFICIAL) [Video]. https://youtu.be/jzJLqvXlMWI?feature=shared

曲目について
*解説の掲載順は演奏順ではございません。

der wandler (2013) for horn in F

 タイトルのwandlerは英語だとconverterです。ホルンを変換器として見立て、それを通して奏者が発する息や声が変換されます。

spring doesn’t care (2023) for piano

 直訳すると、春は気にしない。~do(es) not careは、~は気にしないという意味。用い方の例として、2020年の春ごろに、”Spring doesn’t care about coronavirus” のようなポストをsns上で見かけたことを筆者はふと思い出した―

虐殺を止めることができないまま、再び春が来てしまった。

by a departing light IV (2022) for duo

 沈黙と穏やかなパルス、そして再び沈黙へ。スコアにはエミリー・ディキンソンの以下の詩が引用されています(このシリーズには全て同じ詩が引用されています)。

  By a departing light
  We see acuter, quite,
  Than by a wick that stays.
  There’s something in the flight
  That clarifies the sight
  And decks the rays

further in summer than the birds III (2021) for duo

 次の文はスコアに書かれているものを筆者が翻訳したものです。

 目立たない場所。

 平穏 — 沈黙 — 孤独。


 自然の儀式の中に隠された。


 垣間見、束の間の呼吸、或いはささやきに過ぎない。

 ほとんど何もない。



 一時の性質を示す、ふとした、気まぐれな、移ろいやすい要素としての光と音の変容。


 変わることの無限の可能性。

 この作品のスコアにもエミリー・ディキンソンの詩が引用されています。

  Further in Summer than the Birds –
  Pathetic from the Grass –
  A minor Nation celebrates
  It’s unobtrusive Mass.

  No Ordinance be seen –
  So gradual the Grace
  A gentle Custom it becomes –
  Enlarging Loneliness –

  Antiquest felt at Noon –
  When August burning low
  Arise this spectral Canticle
  Repose to typify –

  Remit as yet no Grace –
  No furrow on the Glow,
  But a Druidic Difference
  Enhances Nature now –


a dark place
(2022) for duo

by a departing light VIII (2022) for duo

 作曲者はこの二つの作品は双子と述べています。a dark placeのスコアには、「fading light. where are you?」、一方でby a departing light VIII のスコアには「fading light. stay with me. I am here.」という短いノートが記されていることから、双子の作品ということが窺えます。a dark placeでは、お互いの奏者が相手を探すかのように、交互に演奏します。by a departing light VIII では、一方が演奏する旋律に、時折、もう一方が控え目に音を添えます。それは、自分はここにいる、ということを伝えるためのようなものです。そして音を寄り添わせることで、相手を互いに肯定し、慰め、守ります。

 音楽の進行とともに、より静かに、穏やかになっていき、沈黙の中へ落ちていきます。

(文責 黒田)

プロフィール

エヴァ=マリア・ホーベン Prof. Dr. Eva-Maria Houben

 エヴァ=マリア・ホーベン(1955年生まれ)はエッセン・フォルクヴァング音楽学校で音楽教育を学び、ギスベルト・シュナイダーからオルガンを学んだ。国家試験の後、彼女はギムナジウムでドイツ語と音楽教育の両方を教えた。彼女は音楽学の博士号および大学教授資格を取得し、デュイスブルクのゲルハルト・メルカトル大学 (Gerhard-Mercator-Universität Duisburg)とデュッセルドルフのロベルト・シューマン大学の講義に呼ばれた。1993 年以来、彼女はドルトムント工科大学の「音楽・音楽学研究所」で音楽理論と現代音楽の両方に焦点を当てて講義を行っている。同大学での彼女の任期は、2021年2月28日で終了した。これまで、現代音楽、現代作曲家、伝統音楽に関する多くの本が出版され、「新しい耳」で聴かれてきた。

 エヴァ=マリア・ホーベンは、30年以上にわたってオルガンの作品を演奏してきた。彼女は作曲家のグループである「ヴァンデルヴァイザー・グループ」に関わっているため、彼女の作品はハーンの「エディション・ヴァンデルヴァイザー」から出版されている。これまでの彼女の作品リストには、オルガン、ピアノ、クラリネット、トロンボーン、チェロ、その他の独奏楽器のための作品、声楽とピアノのための作品、管楽アンサンブル、室内アンサンブルのための作品、オーケストラのための作品、声楽とオーケストラのための作品、合唱のための作品、 電子音響音楽 (www.wandelweiser.de) がある。彼女は現代音楽をテーマにした書籍を出版している (Steiner, Stuttgart; PFAU, Saarbrücken; Edition Howeg, Zürich; bis-label, Oldenburg; Edition Wandelweiser, Haan; transcript, Bielefeld)。

(本人のウェブサイトから引用・黒田翻訳)

近藤 圭

 東京生まれ。これまでに古楽器をフィーチャーした『忘れられた楽器展』、現代曲のみでプログラムを構成するホルンリサイタル『問う』シリーズなどを主催。アーツカウンシル令和2年度 第1期 東京芸術文化創造発信助成対象企画に選出。
 X(旧Twitter)上では「天才思想家bot」のアカウント名で、あらゆるホルン奏法の研究成果を発表している。[@Kondoh_K]

黒田 崇宏
 作曲家、音楽家。第29回現音作曲新人賞(2012年)、第37回入野賞(2016年)等を受賞。Music From Japan Festival 2019の招待作曲家。
Website: https://takahirokuroda-composer.com


[1] この作品は23の異なるパートから2つが選ばれ、デュオとして演奏されます。各パートの楽譜もそれぞれ異なります。演奏時間は55分で固定されています。演奏の組み合わせは23C2=253通りあります。